漢方つぼ物語  (38)

 

《禅密功北京研修参加記念作品》

(ちょう) (きゅう)

 

 わたし、仙頭健子。ちょっと珍しい名前でしょ。「せんとう・けんこ」って読むの。仙人の頭(かしら)かいってよく冷やかされるんだけど、わたしの故郷の高知ではわりとありふれた名前なのよね。

 土佐料理のお店を大阪で開いているわたしが、どういうわけか中国の気功に魅せられてその研修にこの大陸を訪れるのもこれでもう二度目。あ、気功って今、ちょっとしたブームだからご存知よね。生命エネルギーの根源である「気」を自在にめぐらせる健康法・修練法とでもいったらいいのかな。数ある気功法の中でもわたしが関心を寄せるのは「禅密功(ぜんみつこう)」。背骨を前後・左右・回転と自由自在に動かし、意念すなわち意識を限りなく淡くしてゆくうちに、心身ともに高次元の世界に到達するというスケールの大きい気功法なのです。

***

 日本晴れ、じゃなくて北京晴れの今日、朝早くから夜遅くまでの中身の濃い研修の合間を縫って、天壇公園の観光を楽しむことになった。宇宙ステーションを連想させる大胆なデザインの祈念殿を南に向かうと、さらにもう一つ小さなお堂がある。その周りを囲む円形の壁が「回音壁(かいおんへき)」だ。一人が壁際に口を寄せてものを言い、もう一人がそこからずっと離れた場所の壁に耳を当てると、その声がはっきり聞こえるのだという。 

 「ねえ、試してみようよ!」

 そう言い出したのは、和歌山から来ている浩江ちゃんだった。

 「おっと、その前に…」

 同じく和歌山から来ている鍼灸師の宮本さんが、胸ポケットからなにやら取り出した。

 「これ、携帯用の鍼の道具。よーく聞こえるように耳に鍼したげる。」

 そんなわけで、わたしは“万全の準備のもとに”回音壁に耳を近づけた。

 いきなり聞こえてきたのは、しわがれた、それでもどこか野太い年配の男の人の声だった。

 (やだあ、浩江ちゃん、声色をつかったりして…。いや、でもこれは中国の言葉みたい。ほかの人の声と“混線”しているのかな…。)

「仙頭さん、聞こえたあ?」

 振り向くと浩江ちゃんと宮本さんが立っていた。

「聞こえたら手を挙げるって約束だったのに、手を挙げるでもなく、複雑な顔して周りを見回したりしてるんだもの。」

「ちょ、ちょっとここへ耳、当ててみて!」

「何にも聞こえないわよ。」

「うーん、僕にも聞こえないなあ。」

 なんてことだ。私にだけしか聞こえない、壁の中からの声!尋常でない表情のわたしに目ざとく気づいて、気功研究家で通訳をもつとめる中健次郎さんがやってきた。

「よし、わかった。こうしようよ。仙頭さんが聞こえるとおりに口真似する。それが中国語なら私が翻訳することができると思う。」

***

 “壁の中からの声”の内容は驚くべきものだった。声の主は、南京から北京に都を移した明王朝の皇帝だった。そしてくだんの皇帝は、宮殿建造の際に、ある場所に莫大な金銀財宝をうずめた、というのだ。

 「問題はその場所なんだけど、古い距離の単位で指定しているので、図書館で調べてみないと特定できないなあ。」と、中さん。

 明王朝の埋蔵金のありかがはっきりしたのは、明日日本へ帰るという前の晩だった。お別れの宴会で歌や隠し芸に興じているとき、中さんがわたしの耳元でささやいた。

 「仙頭さん、あれ、わかったよ。とんでもない場所だ。あててごらん?」

 「うーん、玉座(紫禁城の皇帝の椅子)の真下とか…。」

 「いい線いってる。正解はね、毛沢東記念堂!」

 「ええっ!じゃあ、毛沢東のひつぎの下ってわけ?」

 (もう、いい…)

わたしはとっさにそう思った。現代中国建国の主人公が、明王朝の財宝の上に眠っているとすれば、それはそれでふさわしいことなのかもしれない。それに、わたしにとって大切な宝は、まばゆい金銀財宝なんかじゃなくって、中国数千年の伝統、とりわけ気功という素晴らしい人類共通の財産なのだから…。

 

〔聴宮(ちょうきゅう)〕手の太陽小腸経のラスト(19番目)のつぼ。

取穴:外耳孔(=耳の穴)の前に飛び出ている耳珠(じしゅ)直前の陥中。

   下顎骨の関節突起の後縁に取穴する。

治効:中耳炎、耳鳴、難聴などに。

                    〈1991(平成3)6月作品〉



 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。
  尚、前段の物語の部分はフィクションです。


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