漢方つぼ物語  (48)

 

《盲学校理療科講師就任記念三部作その1》

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 驚いた。50歳になって自分の人生にこんな展開があろうとは、正直言って予想していなかった。論より証拠、いま私の手元に一通の辞令がある。差出人は和歌山県教育委員会。いわく、「和歌山県立和歌山盲学校講師に採用する」

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 事の発端は、盲学校出身の同業の先輩・井畑氏から今年の2月ごろかかってきた電話だ。

「県立盲学校が、開業している治療師に教えに来てほしいといっている。週二回午前中だけなら営業に差し支えないだろう。推薦しておいていいかな?」

 その程度なら自分の勉強にもなるかな、と考えて承諾したが、3月が過ぎても何の連絡もない。ほかにも候補者があって、こちらが「落選」したのだろうと思っていたら、4月にはいって、盲学校の松下先生から電話をいただいた。

 「講師の件、なにとぞよろしく。ついては…」

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 松下先生が「ぜひに」と要請してきた科目は、三年生の「理療経営」。平たく言えば、治療院経営のノウハウを教える科目だ。国家試験に直接関係ないのは気楽といえなくもないが、「教科書の内容にこだわらず、開業後役に立ちそうなことを何でもいいから教えてやってほしい」といわれると、かえって荷が重い。

 「そのかわり、教えたい科目があればご要望にこたえます」と振ってきたので、迷わず一年生の「経絡経穴概論」を所望した。言うまでもなく「漢方のつぼ」を教える科目である。はり師・きゅう師の資格試験の重要科目だ。

 「私の教え子がツボで国試につまずいたら、私の責任ですね」

私が冗談半分にそういったら、

 「いやいや、ツボはほかの科目や臨床授業でも繰り返し扱いますから、先生一人の責任じゃありませんよ。でも三年生が開業して経営が成り立たなかったら、それは先生の責任ということになりますかな?」

 いやはや、軽い気持ちで、たいへんな大役を引き受けたものである。

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 それにしても、話のはじめから感じていたことは、教職の資格を持たない私が公立学校の教壇に立っていいものか、という疑問だ。

 「大丈夫、リンメンが下付されるはずです」と、教頭先生と事務長さん。

 リンメンとは臨時教員免許。この手続きのために、はり師・きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の免許証のコピーが必要というので、治療室に掲げてある 額の中の免許状を二十数年ぶりに取り出すこととなった。私に覚えのない「手紙」は、そんな一連の出来事の流れの中で、はり師免許がはいっていた額の片隅から発見されたのである。それはなんと、亡き父が私にあてた手紙であった。

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 “この手紙を見つける状況をさまざまに想像しながら、いつ日の目を見るかも知れぬこの手紙をしたためている。何らかの事情で治療院の幕を閉じようとしているのか、更なる発展のための必要から免許状をいったん取り出そうとしているのか。後者であることを祈るしかない。別の夢もあったのに、家業を継いでくれたことを感謝もし、すまなくも思っている。面と向かってそんな話をすることは未来永劫ないような気もするので、ここにしるすとともに、おまえにひとつわしの技術を伝えておく。額(ひたい)のすみっこ、髪の毛の生え際の左右の角に、頭維(ずい)という名前のつぼがあるのはよく知っていると思う。頭痛・偏頭痛によく効く治療穴としてハリも施しているようだが、指圧師であるわしは、このつぼを起点としてここから下へ降りる髪の毛の横の生え際を人間のからだの縮図と捉えて、この生え際の線の上のほうを刺激して首や肩の症状を除き、半ばの辺りを押して腰の痛みをとり、下で膝関節や足の疾患を治療する。部分を全体の縮図と見る発想は、人体を小宇宙と把握する漢方の根本的な考え方の応用だが、こんな額の隅の生え際でもそれが成り立つところが、東洋の神秘ではないか。もし、この手紙を目にしている今も、訪れる患者さんを治療して日々を送っているのなら、この仕事を通じて、意義深い人生の出会いがあることを祈る。”

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 新たな人生の出会いを予言したような父の手紙を読み終えてから、井畑さんからのそもそものきっかけの電話を受けたのが、父の祥月命日であったことに思い至っていた。

 

〔頭維(ずい)〕足の陽明胃経の8番目のつぼ。

取穴:額角髪際で側頭筋上、ここを按圧すると縦に

  筋の割れ目を触れる。ものを咬むと動くところ。

治効:頭痛、目の痛み、三叉神経痛(第一枝)

 

(亡父の手紙のくだりはフィクションで、額髪際の治療法は「額髪際針」として今はなき恩師・和田清吉先生に教わったものであることを、お断りしておきます。)



 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。
  尚、前段の物語の部分はフィクションです。


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