漢方つぼ物語  (50)

 

《盲学校理療科講師就任記念三部作その3》

(こう) (めい)

 

 今日2003626日木曜日。本来なら午前中連続3時間、授業するはずの曜日なのだが、特別の行事のため授業はない。

 第41回近畿盲学校弁論大会〜私からのメッセージ〜。近畿の10校の盲学校から選抜された弁士たちが白熱の弁論を競う、年に一度の催しの今年の会場校は、この和歌山県立和歌山盲学校なのだ。

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 和歌山盲学校が自信を持って送り出した弁士、校内弁論大会優勝者の石田由香里さんは中学部2年生。午前の部、8番目のエントリーで演題は「もうひとつの世界」。

 「私は一歳半で視力を失ったため目が見えていたころの記憶はありません。あるとき弱視のお友達が、目が見えたら一番見たいものは何かと尋ねました。」

 弁論の導入の部分をきいて、全盲の人が最も見たいものを、私も推し量ってみた。お母さんの顔? お友達の顔? いやむしろ自分の顔かな?

 「手で触って確かめることのできるものは、その形を思い描くことができます。でも、光や色は手で触ることができません。私が見たいものは花火です。」

 私は自分の想像力のお粗末さを恥じた。そこで私は、あらためてこの少女が花火大会に身をおいている様子を想像してみた。遠くで打ち上げの音が、そして上空でそれがはじける音が聞こえる。人々の歓声がこだまする。夜空の高いところで、とてつもなく大きく美しいものが展開している気配がする。なのにその美しいものを自分の目で確かめることのできないくやしさ、もどかしさ…。

 「こんどは私がそのお友だちに、『私の目が見えたら何を見せてくれる?』とたずねました。お友達は、『うーん、空と、それから虹!』と言ってくれました。」

 「見たいのは花火」という友の答えの意味をしっかりと受けとめた上で、空と虹とを見せてあげたいと答える、そのやりとりがとても素敵に思えた。

 「目が見えなくて本当の世界を見たことがないからこそ、私のなかには想像の世界があります。今まで私に、色や光や景色を教えてくれた人たちに、今度は私が、私の想像の世界を教えてあげたいです。そしてもっとたくさんの人と出会って、私には感じることのできないものを知り、また私にしか感じられないものを伝えていきたいと思います。」

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 私の教え子も出場した。専攻科理療科3年生の森脇浩子さん。50歳を過ぎて、そしてご病気の夫を持ち、なおかつ自立を目指して盲学校の門をたたいた心境と将来の抱負を、ユーモアを交え、力強く語った。

 「上げ膳据え膳で快適な生活。難しい勉強さえなかったら盲学校は天国です。」

 アフリカのケニアからの全盲の留学生、パペチュア・ムグレさん。両親が働きに出ている間、二人の弟の子守りを引き受けたが、幼い弟が這いまわって段差のある台所の入り口で頭を打って仮死状態になってしまった。必死で全身を撫でたり擦ったりして、ようやくその弟が息を吹き返したときの喜びを、上手な日本語で語った。その出来事は、今もご両親には内緒の「永遠の秘密(これが弁論のタイトル)」なのだそうだ。

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 18人の弁士の発表を終えたところで、舞台に腹話術人形の太郎と花子が登場。近畿の各府県にちなんだクイズ「近畿盲学校クイズ大会」で審査の間、会場を和ませた。たとえば、奈良県にちなんだクイズ。四角うて丸いものは? 教頭先生が手を挙げ、「鹿せんべい」と正解した。鹿食うて丸い、というわけだ。

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 審査発表に先立って、点字毎日の眞野哲夫審査委員長の講評があった。

 「弁士の皆さんが自分自身と真剣に向き合っている姿に感銘を受けました。現代は世界中の最新の情報を瞬時にキャッチできる便利な時代ですが、最も重要で基本的な情報は、インターネットでは手に入りません。それは自分自身についての情報です。どんな目標を掲げどんな人生を歩むのか。それは自分自身と真剣に向き合うことによって始めて得られる、最も大切な情報なのです。…」

 そして審査の発表。石田由香里さんは全国大会出場こそ逃したものの見事、準優勝に輝き、和歌山盲学校は団体でも準優勝を果たした。

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 帰宅してから、私は心静かに眼を閉じて、目の症状に用いられるつぼの一つである光明(こうめい)に自分ではりを施した。手探りで刺入した一寸六分のはりがこのつぼに響いたとき、私はまぶたの裏に、石田由香里さんがひたすら見たいと願う、「夜空を彩る花火のきらめき」を一瞬、見たような気がした。

 

〔光明(こうめい)〕足の少陽胆経の36番目のつぼ。

取穴:外果(外くるぶし)から腓骨頭前下部に向か

  って上がること5寸。腓骨の前縁で外果と腓骨

  頭とを結ぶ線上の外果寄り三分の一にとる。

治効:眼疾患、坐骨神経痛、下肢運動麻痺などに。



 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。
  尚、前段の物語の部分はフィクションです。


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