漢方つぼ物語 (51)
強 間
秋だ。日々さまざまな患者さんたちに接するわれわれ鍼灸師も、学問芸術の秋を有意義に過ごして、現代人に襲いかかる病症に打ち勝つ豊かな収穫をとりいれなくては。
そんなわけで、学術研修会に参加することにした。ひとくちに研修会といっても、いろんな形のものがある。何人もの治療師によって次々と日ごろの臨床の成果が発表されるものもあれば、あるテーマに基づいてじっくりとなされる講演もある。最近の傾向は、鍼灸の刺激とそれによってもたらされる効果がずいぶん科学的に解明されるようになったことだ。
中国が有人宇宙飛行に成功する時代を迎えているのだから、悠久の歴史を誇る漢方のつぼの秘密のベールが白日の下に解き明かされる日も、そう遠くないのかもしれない。
***
さて、話を学術研修会に戻そう。研修会に参加する楽しみの一つは、会場に出展されている最新の医療機器を見て回れることだ。あるある、つぼ検索器に低周波通電気、最新のレーザー治療機まで百花繚乱花盛りといったところだ。そんな展示販売のかたすみに、いささか場違いな出店があった。仰々しい説明パネルもなければ積極的な実演も売り込みもない。小ぶりな机を前に中年の業者が腰掛けている。そこに置かれているのはどう見ても、昔と変わらないイオン・コードである。イオン・コードといっても一般にはなじみがないだろう。決して複雑な道具ではない。電気を一方向に通す半導体であるダイオードの両端にコードをつけて赤と黒の鰐口クリップを付けただけの至って簡単なしろもの。これで「上下2穴治療(イオン・パンピング)」、つまり対をなす手足のつぼをつなぐ治療法に使うのだ。昔ながらの治療用具を扱っていて、看板にある「新世紀医療」はいかにもミスマッチではないか。
「これ、イオン・コードだよね?」
念のために私が訪ねると、男は意味ありげな笑いを浮かべて言った。
「そうじゃありません。イコール・コードですよ。一方を患者さんに、もう一方をこちらにつけるとイコールになるのです。」
男の説明はにわかには信じがたいものだった。このコードで患者さんのつぼと治療師の同じつぼをつなぐと、そのつぼに関連した患者さんの自覚症状を、そっくりそのまま実感できる、というのだ。もしそれが本当なら、言葉で伝えにくい微妙な痛み・痺れや感覚異常を正確に理解できる。まだ言葉を話せない乳幼児の症状把握にも威力を発揮するではないか。見かけの割には値段のばか高いこの道具を、半信半疑ながらつい購入してしまった。
***
翌日、私は「イコール・コード」のことなどすっかり忘れて臨床に励んでいた。最後の来患と向かい合って、ようやく思い出した。そうだ、あれを試さなきゃ!
その患者さんは長年の耳鳴りに苦しんでいる患者さんだった。朝起きてから夜眠りにつくまで、耳の奥で釣鐘が鳴り続けているのだという。とりわけひどいという左耳の治療のために、聴宮(ちょうきゅう)のつぼに置き鍼をしたついでに、自分の同じつぼにも鍼をして例のコードでつないでみた。えーっと、たしか黒のクリップが患者側、赤をこちら側につなぐって言っていたぞ…。
その次の瞬間、私の耳の奥に釣鐘が鳴り始めた!
***
次の実験台に、と思った妻は、頭痛がひどいからと早くに寝てしまっていた。私は妻の頭の強間(きょうかん)のつぼに鍼を刺して、私の同じつぼをつないだ。そのとたん、妻の頭痛でなく、アタマの中身が伝わってきた。
(いよいよ明日、あの人のもとへ旅立つ。新しい人生が始まる!)
「お、おい!」
私は思わず妻をゆさぶり起こした。
「あの人って、どこのどいつなんだ? 新しい人生って何のことだ?」
妻は半分寝ぼけている。
「なあに? 私の考えていることがイコール・コードで伝わったって? で、私が明日、駆け落ちするつもりだって? それ、晩に見たドラマのストーリーでしょう。私の頭にそのストーリーが残っていたのよ、きっと。」
なるほど、そうか。私は納得しかけた。しかし待てよ、そんなドラマ、ほんとにテレビでやっていたのか? やっぱり、あれはカミさんの考えていたことそのまんまじゃないのか? イテテ、頭が痛くなってきた。今ごろイコール・コードの効果で、カミさんの頭痛が伝わってきたのか? それとも、正真正銘のアタマイタか? わけがわからなくなってきた…。
〔強間(きょうかん)〕督脈の17番目のつぼ。
取穴:後頭部の出っ張り(外後頭隆起)の上際のくぼみと
頭頂の百会穴との間を3等分した下3分の1に取る。
治効:頭痛、不眠