漢方つぼ物語 (52)
《第42回学術研修会開催記念》
外 関
和歌山での学術研修会の講師をつとめられて、筑波に帰った西條一止先生のご自宅に、かつての教え子がたずねてまいりました。西條先生は今年の春、筑波技術短期大学の学長を退官され、来年開校する新宿鍼灸柔整専門学校の校長に就任される大先生でございます。NHKテレビへの出演などでご存知の方も多いことと存じますが、東洋医学を科学的に解明されておられます。
「先生お久しぶりでございます。」
「おお、なつかしいなあ。どう? 元気で仕事に励んでいるかい?」
「それが先生、一生懸命やっているつもりですが、はりきゅうで食べていくのはなかなかむずかしいです。」
「和歌山でお話してきたばっかりなのだが、治療には大きく分けて3種類あってな、まずは主訴に対する治療。患者さんが一番辛がっている症状、これを取ってやることが第一。しかしこれだけではいかんな。漢方では『未病を治す』といって、まだ表にあらわれていない病気を治してやることを目標とする。背骨と肩甲骨の間のどうしようもない凝りつけ、それにおなかの皮の緊張やしこり。現代人共通の症状だが、これらをゆるめてやるのが、未病に対する治療につながる。さらには…」
「うわあ、先生まだあるんですか?」
「人間が快適にいられるのは、自然治癒力を与えられているからだ。この自然治癒力を高める治療、これが大切!」
「そ、それをぜひ教えてください。」
「よしよし、できるだけわかりやすく教えるから、しっかりと頭に入れて帰りなさい。江戸時代の初めに大久保彦左衛門忠教(ただたか)という旗本がおって、家康・秀忠・家光と三代の将軍に仕えた。」
「へ、その彦左衛門さんと自然治癒力と何か関係あるんですか?」
「彦左衛門をちぢめて『ヒコザ』という。」
「へえへえ」
「ヒコザのヒは『皮膚刺激』のヒ、皮膚の浅いところを刺激する。」
「なるほど。で、ヒコザのコは?」
「息を吸ってはく、そのはくときのことを呼気時、という。この呼気時にだけ刺激をする。ヒコザのコは『呼気時』のコというわけだ。」
「ははあ。で、あとひとつ残っている『ザ』は?」
「『座位』のザ、座位とはつまり座った姿勢のことだな。患者さんが坐った姿勢で、今いった刺激を与える。具体的なつぼで言うと、手首の手の甲側、2寸肘寄りにある外関(がいかん)のつぼが最適だ。鍼は1寸3分か1寸の長さの1番鍼。患者さんを座らせて、外関のつぼに鍼管(鍼を刺入するための管)に入った鍼を立てて、鍼管をつけたままで鍼の頭を人さし指の腹で軽くたたく。すると鍼先はおよそ2,3mmの深さで皮膚から出たり入ったりを繰り返す。これを患者さんが息をはくときにだけ2分ばかり繰り返しおこなう。こうすることによって、自律神経のうちの副交感神経が持続的に高まって自然治癒力が増す。」
「なるほど、自律神経を調えることが大事なことはまえまえからきいておりましたが、副交感神経を高めるやり方は初めて知りました。先生、なんだか今日からいい治療ができそうな気がしてきました。でも…」
「でも? まだなにか自信がもてないのかい?」
「はい…。あ、そうだ、先生! 昔、戦国時代の若武者が初陣に臨むとき、大将の鎧(よろい)を借りて手柄を立てたといいます。治療師にとって鎧は白衣です。先生、どうか先生の白衣をお貸しください。」
「貸してやってもいいが、私も洗い換えの白衣がないと不便だな。」
「では、私の白衣をおいていきます。」
というわけで恩師の白衣を借りて帰ったこの教え子、はりきって治療に励みました。
「あの鍼の先生、やぶかと思っていたけど、このごろ腕を上げたね。」
「痛みやしびれ、肩のこりがぴたりと止まるだけじゃないよね。」
「そうそう、わたしなんか、この頃とんと風邪を引かなくなっちゃったよ。」
副交感神経を高めて自然治癒力を増進する治療が評判を呼んで行列のできる治療所にと大変身したくだんの教え子、喜び勇んで再び恩師のもとへとやってまいりました。
「先生、おかげさまをもちまして鍼で妻子を養ってゆく自信がつきました。」
「それはよかった。私の白衣も、役に立ったかね。」
「はい、服交換(副交感)して自立(自律)できました!」
(西條先生のご講演にヒントを得た創作であることをお断りしておきます。)
〔外関(がいかん)〕手の少陽三焦経の5番目のつぼ。
取穴:手関節後面横紋の中央から肘頭へ2寸の処。
治効:頭痛、上腕神経痛、腕関節痛などに用いる。