漢方つぼ物語  (53)

 

(たい) (えん)

 

 また新しい年が明けた。暖かいお正月だ。そして年の初めは腹話術発表会。日ごろの活動と練習の成果を存分に発揮しなきゃ。

腹話術との最初の出会いは小学校6年生の頃だった。母に連れられて大阪の劇場で、わが国における腹話術の草分け的存在である川上のぼるさんの舞台を間近で見たのが始まりだった。とりわけ嫌がる人形をむりやりトランクに押し込めると足が挟まって痛がるところなんか、とても人形とは思えないくらいの迫真の演技だった。私はすっかり腹話術に心を奪われてしまった。

(世の中にこんな面白い芸があるなんて。これを自分でできたらどんなに愉快だろう!)

 とはいってもさしあたりどこで誰に教わればいいのか見当もつかず、腹話術への憧れは人を笑わせるのが大好きな少年の胸の中にそっとしまわれることになった。そしておよそ17年あまりの年月が過ぎた…。

***

 ようやく白衣姿がしっくりとしだした若手治療師の私は早春のある日のこと、ひとりの小学校の先生を治療していた。先生が言った。

「私ね、この春に退職するの。呆けないように面白いこと始めたのよ!」

「へええ、いったい何を始めたんですか?」

「腹話術を始めたのよ。」

 人間の脳みそというのは不思議なものだ。“腹話術”という言葉を耳にしたとたん、幼い日の記憶が、つまり川上のぼるさんの舞台での姿が、みるも鮮やかによみがえったのだ。私はほとんど反射的にこうたずねた。

「“ふくわじゅつ”って川上のぼるがする、あの腹話術?」

 それに答えて、くだんの先生がいった言葉に私は卒倒しそうになった。

「その川上のぼる先生がおしえてくださるのよ!」

***

 その日から、私は一つの信仰を持つようになった。人は心の願いを消すことなく持ち続けさえすれば、その願いは時を経て必ず実現するのだという信仰を。

 翌月の昭和57年4月から私は、その2年前に発足していた和歌山県腹話術協会の会員に加えていただき、せっせと月に一度の例会(おけいこ会)に通うようになった。

 ボランティアで人形を引っさげてお年寄りや子どもたちに腹話術を見てもらっていると、思わぬ応援を頂く。妻よりもコンビの永い人形・太郎はたまたまおすし屋さんでご一緒した歯医者さんのおかげで、歯科技工士さんに入れ歯を作っていただいた。その入れ歯が好評だとお礼を言うと技工士さんは、いくつものスペアまで作ってくれた。乱杭歯の入れ歯にドラキュラ型の入れ歯まで。   

また、妻の妹がアメリカ旅行のお土産に買ってきてくれたアラジンの魔法のランプから出てくる大男・ジニーの人形は対話型の腹話術のきっかけとなった。

「あなたの願いは何ですか?どんな願いでもかなえますよ!」

***

 (ジニーの人形に白衣を着せて登場)

年起:さあさあ、われらがアイドル、ジニーさんだよ。

ジニー:これから出すクイズに答えたら、なんでも願い事をかなえるよ。

年起:ではでは、第一問!

ジニー:いくら目を凝らして見ても見えないのに、そっと手を触れると確かにそこにある。それがなくなると、その人じゃなくて周りの人が悲しむものは?

年起:これはむずかしいね。降参、降参。

ジニー:手首のここに太淵(たいえん)っていう、たいえん大事なつぼがある。

年起:それもいうなら“たいへん大事なつぼ”でしょ!

ジニー:そこに人差指を触れてごらん。正解は「脈」だよ。

年起:なーるほど、脈は目では見えないよね。これがなくなっちゃおしまいだ。

 それでは、第二問!

ジニー:わがはいの名はジニー。

年起:それはわかっています。それがどうかしたんですか?

ジニー:ききたいのはわがはいの名字。

年起:ええっ? ジニーさんのみょうじなんか知らないよね。だれかわかる?

ジニー:きっとだーれも知らんとおもうよ。

年起:どうして?

ジニー:だって、いま思いついたんだもん。

年起:そんなのインチキ! でもまあこの際だからいってみなよ。

ジニー:わがはいのみょうじは「オダイ」に決めた。

年起:姓はオダイで名はジニー。

ジニー:みなさん今年も、オダイ・ジニー!

 

〔太淵(たいえん)〕手の太陰肺経の9番目のつぼ。

取穴:手関節前面横紋の外側で橈骨動脈の拍動の触れるところ。

治効:手関節の炎症やリウマチ、腱鞘炎に。また呼吸困難にも。



 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。
  尚、前段の物語の部分はフィクションです。


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