漢方つぼ物語  (66)

脳(のう) 戸(こ)

 2005年1月26日午前8時30分、私は少し緊張しながら母校、和歌山市立砂山小学校の校門をくぐっていた。先生方は職員会議の最中と思われたので、両手にトランクとカバン、肩にバッグをかけて、ランチルームへ向かう。
 道徳のゲストティーチャーをお願いしたい、とのご依頼を受けたのは去年の春だったと思う。私自身がかつて6年間過ごした学舎で、今まさに日々学んでいる後輩たちに親しくお話しできるこの日を、心のなかであれこれと思い描きながら楽しみにしていた。その日がついにやってきたのだ。
 今日26日は1,2,3年生に、そして一日おいて28日には4,5,6年生に授業をする。前もって何か準備しておくことはありませんか、と教頭先生におたずね頂いたので、事前のアンケートをお願いした。低学年には「自分の一番大事なもの」を書いてもらうアンケート、そして高学年には「自分の好きなところ3つ」挙げてもらうアンケートである。全校生徒の回答を、前もって届けていただいた。その集計表が、私の今日の手みやげである。
***

 一時間目、1年生。大事なものはぬいぐるみと人形、そしてゲームにカード。でも一番は、なんてったって命。友達や家族と答えた子どもは数人。8時50分、ランチルームに入ってきて私の姿を見つけて「おはようございます!」と声をかけてくれた。この元気な1年生には、心と心をつなぐ魔法の言葉である挨拶についてお話しした。
 二時間目、2年生。6割近くが「一番大事なのは家族」と回答。この学年がもっともパワフル! 私の話したいことを先取りして大いに盛り上がった。
「先生、暗いという漢字には『日』が二つもあるのにどうして暗いんですか?」なるほど、偏に一つ、つくりの下にもう一つ、都合二つも「日」、つまり太陽があるのになぜ「暗い」のか。私は苦し紛れにこう答えた。
「この漢字は、一つの太陽がもう一つの太陽の上に『立』とうとしているね。つまり二つの太陽が争ってお互いの輝きを消してしまっている。明るいという字は、太陽の光をとなりの月が照らし返している。だから明るいんじゃない?」
 三時間目、3年生。大事なものは家族と命が相半ば。盲学校のお話をした。砂山小学校は近くに聾学校があり、常々交流を重ねていることもあって、ハンディキャップのある人たちについてのお話は、よく理解してもらえたようだ。
***

 道徳授業二日目。4,5,6年生は自分の好きなところを問うアンケートに、「絵が好き」「計算が速い」「スポーツが上手」などとそれぞれの得意なことをあれこれと書いてくれていた。4年生は「元気で仲良し」、5年生は「明るい・おもしろい・よく笑う」、そして6年生は「友達を大事にする」、すてきな仲間達だ。
「アンケートに『後ろの髪の毛が立っているところが好き』って書いてくれた人がいたよ。ああ君か。」
 見るとなるほど後頭部の、ちょうど「脳戸(のうこ)」のツボのあたりに寝癖がついたように毛髪が立っている。
「みんなが自分の好きなところとして書いてくれたことの中には、誰が見てもうらやましいこともあれば、ふーん、そんなことが気に入っているんだ、と思うこともある。後ろの髪の毛が立っていることみたいにね。でも、そんな何でもないことを含めて、自分をまるごと好きになるって、とても大切なことだと思うよ。自分のいやなところも含めて、ありのままの自分をひとまずは受け入れてほしい。欠点があってもその欠点のために自分を嫌いにならないでほしい。自分が嫌いだと、もっとすてきな自分になろうとしないだろうし、自分以外の人のことも好きになりにくいと思う…。」
 各学年、授業の最後にアラジンの魔法のランプをとり出して、何でも願い事を叶えてくれる大男・ジーニーを登場させるのがお決まり。腹話術で子ども達に問いかける。
 「あなたの願いは何ですか? 何でも願い事を叶えますよ、まかせなさい!」
 子どもたちはずいぶんたくさんの夢を披露してくれた。「看護師になりたい」「テニス選手」「お花屋さん」「世界一周がしたい」「いっぱいお金がほしい」…。
「魔法のランプは心の中にあるんだ。夢を持ち続けて願いをきっと叶えてね!」
***

 授業を終えて運動場の横を通るとき、体育の授業中だった子どもたちと先生が、めざとく私に気づき手を振って見送ってくれた。
 「ありがとうございました!」「また来てください!」
 これってまるっきりNHKの「課外授業 ようこそ先輩」のラストシーンと一緒じゃないか! 私は思わず目でテレビカメラを探してしまった…。


〔脳戸(のうこ)〕身体の後正中を上がり上歯ぐきに至る督脈の16番目のつぼ。
 取穴:後ろ正中で、後頭部の盛り上がり(外後頭隆起)の上のくぼみに取る。
 治効:頭痛、首やうなじのこり・痛み、不眠や目の痛みなどに広く応用する。


 《作者から一言》
 柔らかなひざしが天窓からふりそそぐ
ランチルームで、母校の可愛い後輩達に
語りかけた思い出はいつまでも忘れない
と思います。この子どもたちの未来に、
限りない可能性を約束できる社会を築く
ことが、私たちおとなの使命ではないで
しょうか。       (宮本敏企)


 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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