漢方つぼ物語  (74)
膏(こう) 肓(こう)

   人生は永きが故に尊からず。いかに生きたかがその価値を決める。138歳という常識を越えた長い時を生きて、わしが到達した結論だ。さかのぼること二千二百年余りのわが遠き父祖・徐福は中国初の統一王朝・秦の始皇帝の命を受けてここ紀伊半島にたどり着き、不老長寿の妙薬を見つけ出した。森深くに神々の宿るここ熊野の地に、その霊薬・天台烏薬(てんだいうやく)は、わしの先祖たちによって密かに受け継がれてきたのだ。この国の歴史の中で幾度かこの霊薬の秘密をかぎつけた者達があった。武力によって、あるいはまた権威によって、この国を治める力を得た者達。彼らはおのが手の中におさめた強大な権力を永遠のものとせんがために、この不老不死の薬に触手を伸ばしてきた。しかしそのことごとくが不幸を背負い込んだ。たった一人の例外を除いては…。

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 その例外とは、我が盟友・南方熊楠。熊楠とわしは、奇しくもともに明治の始まる前年、慶応三年にこの紀伊の国に生まれた。博物学者として既に卓抜した知識と行動力を備えていた熊楠は、ついに天台烏薬をも見つけ出したのだ。わしはこの得体の知れぬ怪物を前にして、正直言っておびえ狼狽(ろうばい)した。やつはしかしこの霊薬を公表して名声を得るでもなく、不老長寿をわがものとしようとするでもなく、夜ごとに酒をかき喰らいながら言ったものだ。
「だからこそ熊野の森は守らねばならん。熊野こそが永遠のいのちだ。」

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 熊楠と意気投合したわしは熊野の森を守る運動に精魂を傾けた。森林を伐採しようとする明治政府に反旗を翻したのだ。そのころの懐かしい写真の載った書物をたずさえて、今日、若い男女がわしを訪ねてきた。つい先日、断食の疲れで滝行の最中に倒れ込んだわしを介抱してくれた者達だ。その時に残り少ない霊薬をくれてやったのだ。その後、余計なことを知ってしまったと見える。
「あなたは南方熊楠と並んでこの写真にうつっている、秦(はた)宗一郎さんでしょう! お姿がほとんど変わらないのは、この薬草のせいなのですか?」
 わしをまっすぐにみつめて詰問する若者達の若さがまぶしかった。とっさにわしは無言でいろりの火の中にその写真を、そして霊薬を投げ入れた。今度はわしが若者達を見据えて言った。
「良いかな? 大切なことは、どれだけ生きるかではなく、いかに生きるか、なのだ!」

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 …と、これは大阪市出身で和歌山市和歌浦在住の廣瀬茂之監督・脚本になる自主制作映画「徐福の遺言」の緊迫のストーリー。主役の若いカップルに向き合う重要な役どころ、徐福の子孫・秦 宗一郎の役が私に振り当てられたのだ。過日、二度にわたり今は田辺市となった元の大塔(おおとう)村の奥深くにある百間山渓谷の滝で、また同じく田辺市となった中辺路(なかへじ)町の熊野古道沿いの茶屋「とがの木」のいろりのある客間で、撮影を敢行した。海南市が産んだ化粧師(けわいし)・秀(ひで)こと池端秀之さんの施す特殊メークですっかり仙人になりきった私は、存分に映画制作という未知の世界に遊んだ。

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 ところで私はあくまで脇役。自分の将来について思い迷う青年・日高洋平を演じる、プロのウインドサーファー志望の本郷洋平君と彼が思いを寄せる裕子を演じるダンス教師・加納智子さんこそが主役。
 私が参加する最初の撮影日、主役の青年が腰痛を訴えた。ウインドサーファーの持病か。仙人はたちまち治療師の素顔に戻り撮影の合間に応急的な手当をした。腰の症状を訴える患者の多くは、背中全体の弾力が低下している。彼の場合は、肩甲骨の内へりの膏肓(こうこう)のツボのあたりで根深いしこりが触れた。コウコウの前のコウは膏薬のコウ、後ろのコウは盲学校のモウによく似た字。だからコウモウと誤読されることが多い。「病(やまい)コウモウに至る」とは病状がどうしようもないほど進むことを意味する。つまりここにしこりがあるのは、凝りがとことん慢性化している証拠。背すじ全体のストレッチで少し弾力が戻ってきた。洋平君はこの後、私の治療院にも来てくれたがそのとき、彼の両親が私の高校時代の同級生であることが判明した。特に彼の父親は私とクラスが一緒、しかも出席番号まで隣り合わせであった。世間は狭い!

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 二度目の撮影日、滝で修行中に倒れ二人の介抱をうけるシーン、仙人小屋で相対峙するシーンと撮り進み、最後に秦の時代から受け継いできた「玉手箱」を世界文化遺産・熊野古道の名所、一方杉(枝が一方向にはえているのでこの名がある)から掘り起こすシーンを撮り終えて、ようやく帰途につく頃には、もう日が変わろうとしていた。自宅にたどり着いたのは午前2時半。やがて夜が明けると、非常勤講師をつとめる県立盲学校の2学期中間考査の初日。 
 物事にのめり込んですっかり夢中になることもまた「病コウモウ」と言う…。

  〔膏肓(こうこう)〕最大の経絡である足の太陽膀胱経の39番目のつぼ。
 取穴:第4胸椎棘突起の下の外方3寸。肩甲骨内側縁のほぼ真ん中あたり。
 治効:肩こり、五十肩、頸や腕の痛みに。

《作者から一言》 滝行のシーンは過酷を極めました。滝のしぶきで濡れた薄手の白装束に滝からの風が容赦なく吹き付けました。「いつから仙人になられたのですか?」と問われたら迷いなくこう答えましょう。「滝のシーンの撮影を終えてからです!」と。なんて、それはオーバーですが、足場の悪い中、むしろ撮影陣のほうがご苦労が多かったと思います。 〈宮本〉


 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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