漢方つぼ物語  (75)
陽(よう) 陵(りょう) 泉(せん)

 天災が歴史を動かすことがある。西暦1783年、アイスランドにあるラキ火山の噴火。北半球を覆い尽くした火山灰は太陽をさえぎり、農作物の生育を妨げた。かねて国王の圧政に苦しんでいたフランス国民はいっそうの食糧難に耐えかねて、ついに1789年のフランス革命へと突き進むのである。

 その年、ほぼ時を同じくして我が国でも火山の噴火が起こっている。現在の長野県・群馬県の県境にある浅間山の大噴火である。とりわけこの年、天明3年、新暦に換算して8月5日に、火口の北15qに位置する鎌原村(「カンバラ」と読み、現在の群馬県嬬恋村鎌原)をおそった火砕流は人口570人のうち、なんと477人の生命を奪う惨事となった。石段を駆け上って村の高台にある観音堂まで逃げおおせた93人だけが助かったのである。

 観音堂の石段は、上から15段目以下が埋もれたままになっていたが、昭和54年以降に発掘調査がなされた。その折りに観音堂まであと35段で登り切るという地点で、折り重なった二体の遺骨が掘り出されたのである。専門家による鑑定の結果、下の遺骨は40歳代の女性、上は60歳代の同じく女性のものと判定された…。

***

「江戸時代に起こった浅間山の噴火についてお話ししました。台風も火事も地震も津波も怖いけど、火山の噴火もおそろしいなあ。で、みんなにききたいんだけど、発掘調査でみつかった二人分の骨、どう考えるかな?」
「下の女の人が上の女の人をおんぶして逃げようとしていた。」
「うん、多分そういうことだろうね。あともうちょっと、というところで石や土にのみこまれてしまった。この二人の女の人、どういう関係だったのかな?」
「親子!」
「なるほど、お母さんと娘。」
「きょうだい…あ、年が離れすぎているか。」
「親子とは限らないけど、家族だったと思う。家族は助け合うから。」
「他人だったかも。お年寄りが必死で逃げているのを見て、おぶってあげた。」
「老人ホームか病院にいたお年寄りと、そのお世話をする人。」
「なるほど、お仕事で何が何でも助けなきゃいけなかったんだ。」

***

 和歌山市立楠見東小学校3年1組の教室。道徳のゲストティーチャーもこれで4校目だ。今回の目標は「インタラクティブ(双方向性)な授業」。こちらから一方的に話すだけでなく子どもたちからどんどん意見や感想を聞き出したい。

 道徳教師として私は最近、大きなお手本を持つことができた。理想の小学校として開校した神奈川県茅ヶ崎市立浜之郷小学校の初代校長であった大瀬敏昭先生がその人だ。末期癌で余命わずかと宣告されてから「いのちの授業」に取り組み、亡くなられる直前までいのちや家族をテーマに道徳の授業をされた。大瀬先生の道徳授業を追試させて頂くことにした。子どもたちは事前の予想を上回るほど活発に意見を述べてくれた。

 ***

「おぶっていた人は自分だけ逃げようと思えば助かったんじゃないかな。でもそうはしなかった。最期までおぶい続けて、いのち尽きた。みんなにもう一つ、たずねます。たとえ自分のいのちが危なくても、どうしても助けたい人はいますか?」
「弟を助けたい。」
「おねえちゃん。」
「おともだち。いっしょに遊びたいから。」
「いとこの子。」
「わたしは、おじいさんとおばあさんを助けたいです。」

 ***

 私は静かな感動にひたっていた。とりわけ一番うしろの席の女子児童が私をまっすぐに見て「おじいさんとおばあさん」と答えたときは目頭が熱くなった。「お父さん・お母さん」という答がなかったのは、この年齢の子どもにとって父母は若々しく力強く、「助ける」対象とは感じないからだろう。

 ところで治療師として私は、逃げ切れずに命を落とした人々について感じることがある。それは日頃の筋肉の鍛錬の大切さである。ときにはそれが生死を分けることもあるだろう。筋肉は人間の体の中で老化の影響の少ない部分であるとされる。高齢者であっても鍛えれば筋肉隆々になれるし、若くても運動不足に陥ると筋肉はやせ衰えてしまう。筋肉は運動能力を高めるだけではない。体温を発生し、良い姿勢を保ち、そして身体のクッションの働きもしている。 

 ツボで筋肉に弾力を与えるのは陽陵泉。しなやかな体で、「イザ、という時」に備えたいものである。

 

〔陽陵泉(ようりょうせん)〕胆経の第33穴。筋会(きんえ、筋の疾患に有効)。
 取穴:膝の下外側に骨の出っ張り(腓骨頭)がある。その前下部に取る。
 治効:半身麻痺のリハビリや胸・脇の痛み、腰痛。肝臓・胆嚢の炎症にも。

《作者から一言》
 私の出演する映画「徐福の遺言」も、既にすべてのシーンを撮り終えて編集作業に入っているようです。年明けの1月27日から30日まで、和歌山市の和歌浦不老橋にあるアートキューブでの上映会を待つばかりです。この秋は、小学校でのゲストティーチャーのほかシニアカレッジ(老人大学)や人権講座での講師、はては子育てをテーマにした教育講演と大忙しです。写真は、最近手に入れたアメリカ製の赤ちゃんとおじいさんの人形。この2体の人形を用いて少子高齢化のお話を練り上げようと張り切っております。    〈宮本〉


 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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