漢方つぼ物語(79)
承(しょう) 満(まん)

 ダウン症の娘の園子から、一日遅れのバレンタイン・チョコレートをお届けします。バレンタイン・デーのとっておきのエピソードを添えて…。

***

 昨日、園子を車に乗せてお伺いする前に、ご近所のお寺のご住職に園子一人でチョコレートをお届けに行ったのです。帰りが遅かったのですが、ご住職とお話でもしているのだろうと待っていました。しかし、いかにも遅いので様子を見に行くと園子はどこにもいません。日暮れは近づき、急に不安がおそいました。この日、四月に相当するなま暖かい気温。園子が久しぶりの「一人旅」に出るには格好の条件が整っているようにも思われ、ますます不安が募ります。妻は自転車で家の近くを探しますが、やはりいない。私も家でじっとしていられなくなり、家の電話を携帯電話に転送して、車で捜索開始。この時点で既に日は落ちています。以前に車で15分もかかるいとこの家(私の姉の嫁ぎ先)まで、一人で行ったことがありました。もしかしたら今回も、と私はその方向へ向かっていました。妻から電話がありました。警察に届けてほしいというのです。私も(もはやそれしかないな)と思いました。私の不安と緊張はピークに達していました。胃がきりきりと痛んできます。おなかもグルグル鳴ってきました。承満(しょうまん)のツボあたりを、片手でなでさすったその時です。
「お宅に、宮本園子さんという娘さんはおられますか?」
という電話がかかったのです。
「はい、今、その娘を必死で捜しているところです。」
「娘さんはここに居ます。和歌山西警察署です。自分の名前を書いてくれたので、養護学校に問い合わせて連絡先がわかったのです。迎えに来てください。」
警察に保護されていたのです。ほっとしたとたんに、また別の電話が。
「宮本さんですか? 和歌山大学附属養護学校です。教頭先生とかわります。」
園子を迎えに西警察署に向かうところであることを伝えると教頭先生が、
「よかった。さきほど警察から問い合わせがあって電話番号をお教えしたものの本当に警察だったのかと不安になって…。安心しました。」
 警察には元気な園子の姿がありました。ご住職に渡すはずのチョコレートの紙袋をしっかりと握りしめて…。園子を引き取るための書類に必要な携帯電話番号がすぐ思い浮かばず、携帯を開くと待ち受け画面に園子の写真。
「これが親子の何よりの証拠です!」
とお巡りさんたちに見せて笑いを誘いました。
「さっきお電話を頂いたあと、すぐ養護学校からも電話がありました。『もしかして警察でなかったら』と心配になられたようです。」
と、私が言わなくて良いことを言ってしまったので、
「うーん、わたしのものの言い方が良くなかったのかなあ…。」
と養護学校に電話してくれた警察官の方が悩み込まれた。無礼なことを言ってしまったと反省しました。

***

 警察のお話では、園子がわが家の近くの青陵高校の敷地内でうろうろしていて、先生からの通報により警察に保護されたということでした。でも翌日、妻が青陵高校へお詫びに行って、事の真相が明らかになりました。園子は自分から高校の敷地へ入り込んだのではなかったのです。先生からお聞きしたところによると、次のような成り行きであったようです。
 お寺の玄関が閉まっていたものの園子はなんとしてもチョコレートをご住職にお渡しせずには帰れないと考え、門前を右往左往していた。青陵高校夜間部定時制(昼間の定時制もあるのです)の先生が二階の窓から見るともなく見ていると、ちょうど眼下に同じ処を行ったり来たりしている子どもがいる。道に迷っているのに違いないと、ご親切にも下へ降りて、声を掛けてくださった。
「お寺のおじちゃんにチョコ、届けに来た。おじちゃん、おばちゃん、いない。」
と言うのをきき、お寺の身内がお使いに来たが、あいにく留守なのでパニックになったのかと、とりあえず保健室に保護してくださった。しかし、いつまでも預かっていられないので警察に通報した…。

***

 園子を車に乗せて帰宅する途中、お寺の前を通ったら、ちょうどご住職にお会いしました。園子はここでようやくチョコをお渡しするという大事業を完遂することができたのです。ところで帰宅後の園子の第一声は、
「くるま、よかったわ!」
というものでした。通報を受けた高校へ、警察官お二人が乗ってパトカーで迎えに来てくれたのでした。そしてパトカーの乗り心地は最高であったようです。

***

 これがバレンタイン・デーの「園子の大冒険」の一部始終です。ところで、つい先程、私が車でお寺の前を通りかかると園子が門前にいるのです。園子がお寺におじゃまするのは毎週金曜日、生協の注文品を受け取りに行く時だけです。今日はその日ではないのにと、いぶかしく思いました。でも(あ、そうか!)と気付いて、私は園子に言いました。
「園ちゃん、またパトカーに乗ろうと思っているやろ?」
園子は(見破られたか)というように「エヘヘ」と、ひとつ照れ笑いをしたのでした。
      平成18年2月15日
 人形・太郎の主治医にして、いつも園子を見守ってくださる西嶋 毅様へ

〔承満(しょうまん)〕顔面から腹部を経て足先に至る胃経の20番目のツボ。
取穴:へその上5寸(へそからみぞおちを8寸とする)の高さの外方2寸。
 治効:腸が鳴ったり腹が張ったり、食欲がない時。胃の痛みや下痢にも応用。

《作者より一言》今回のお話はまったくのドキュメンタリーで名前も実名です。ダウン症候群とは約1,000出産に1例の割合で生まれる遺伝子の染色体異常を原因として起こる先天性疾患です。知的障害を伴い、身体の成長もゆっくりで、筋肉の緊張力が不十分なため出生後、授乳がうまくいかなかったり顔立ちに特徴があったりするので比較的早くに発見されます。以前は寿命も極端に短いと言われていましたが、最近は結構長生きできるようです。園子もいたって元気で、からだはちっちゃいながらも、この年明けに21歳を迎えています。


 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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