漢方つぼ物語(83)
三(さん) 陽(よう) 絡(らく)

 「中国と韓国で生まれ育った私達は日本で新しいスタートラインに立ちます。どうぞこの国境を越えた愛の証人になって下さい。」
 和歌山県立和歌山盲学校の同僚である上海出身の葉 華(イエホア)先生と、ソウル出身で鍼灸マッサージ師のチョ・ユナさんの結婚を祝う会への案内状を、祝う会実行委員長である野尻誠先生から受け取ったのは2006年度の新学期が始まって間もなくのことだった。私は直ちにこの会費制結婚式への参加を申し込んだ。次のようなお祝いのメッセージを添えて。
「『光の音が聞こえる』…それが、かつてイエさんが日本語弁論大会で優勝したときのタイトルでした。時は過ぎ、今まさにイエ先生は、互いに光となる人とめぐり会われました。どうかとこしえに『光の音』に耳を傾け続けて下さい。」
 両家の父母、そして席に座りきれないほど多くの列席者に見守られての挙式。式場となった和歌山華月殿のチャペルは、まさに「光の音」であふれていた。指輪の交換に手間取ってはらはらしたが、愛を誓う口づけはスムースだった…。

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 東洋医学の母国・中国から鍼灸を学ぶために和歌山に来ている全盲の留学生が外国人による日本語スピーチ大会で優勝した、との新聞記事を目にして是非とも会いたいと和歌山盲学校の文化祭会場へ足を運んだのは1999年11月のことだった。「イエホワさんにお会いしたいのですが」と言うと、「あなたの目の前にいますよ」との返事。尋ねる私のすぐ前にイエさんはいた。ほんのわずかの時間、私はこの物静かな青年と言葉を交わし、記念に小児鍼用の針をプレゼントした。人の運命とは不思議なもので、この3年半後、私とイエさんとは和歌山盲学校の同僚教師として再会するのだ。つまりイエさんは優秀な成績で盲学校を卒業、国家試験もパスして、筑波大学理療科教員養成施設で二年間学び2004年の春、母校の常勤講師に採用され、その前年に非常勤講師に招かれた私と共に教壇に立つことになったのだ。

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 披露宴は実行委員の先生方によって心を込めて周到に準備されていた。今年盲学校に赴任された篠ア校長先生の祝辞。その締めくくりはユーモアたっぷり。「ご承知のようにわが国は少子化で困っています。国際協力をお願いします。」
 宴たけなわというところで私の果たす役割は新郎新婦に見立てた腹話術人形で二人の出会いから今日までの歩みを紹介することだ。
「お二人の縁結びの神様は『社会福祉法人 国際視覚障害者援護協会』。海外の若い視覚障害者に、鍼灸マッサージの技術を習得して貰うとともに日本の福祉や文化を体験して頂くため、日本の盲学校への留学を援助している団体です。イエさんは和歌山で、ユナさんは少し遅れて神奈川で、学ぶことになりました。二人は東京にある援護協会の会館で初めて顔を合わしたのでした。イエさんはユナさんを『明るくて、結構お酒の強い人』と感じ、ユナさんはイエさんのことを『落ち着いた人、言い換えたらオジサンだな』と第一印象を持ちました。電話や電子メールで折に触れて連絡を取り合っていた二人が急接近したのは、昨年の春。鍼灸マッサージの免許を得たユナさんが臨床の勉強のために京都府立盲学校の研究部に入学されたことが大きなきっかけでした。教師生活二年目のイエ先生は「近いんだから和歌山に遊びにおいでよ」としきりに誘います。二度目に和歌山を訪れたユナさんにイエさんは三段論法でプロポーズしました。
『ぼくの友だちも結婚している。ぼくも結婚しておかしくない。だからぼくと結婚して下さい!』ユナさんは思いました。『うっそー、冗談でしょ! えっ、本気? うーん、真面目な人だし、定職もあるし、いいかも!』」
 披露宴は終始、温かい笑顔と思いやりに包まれていた。新郎新婦はそれぞれの両親と並びお礼の挨拶を述べた。イエ先生がまず日本語で、次いで中国語で。そのあとユナさんが韓国語で。太陽の出ずる東洋の三つの国がこのような形で一つに結び合えることの目出度さを参会者にしみじみと感じさせながら…。

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 経穴学の教師として、私はある感慨に浸っていた。というのは中国・韓国・日本が協力して進めてきた、ある会議に思いを馳せたからである。東洋医学が医療として世界に認められ、大きな期待が集まる中、その枢要を担う日中韓の三カ国で経穴の部位を統一しようと国連の世界保健機構(WHO)の音頭取りで「経穴部位標準化に関する非公式諮問会議」が数次にわたって開催された。2003年にマニラで第一回会議。2003年といえばイエさん・ユナさんのカップルが親しく連絡を取り始めた頃。経穴の会議はその後、ほぼ半年ごとに北京、京都、韓国の大田(テジョン)を舞台に順調に話し合いが進み、昨年9月、関西国際空港にほど近い関西鍼灸大学での第5回会議で16の経穴を残して合意、今年3月、東京大学での最終の非公式会議でついに361穴すべての経穴部位が決定されたのだ。今春、めでたくゴールインして和歌山で新生活をスタートした二人と見事に呼応しているではないか。しかしこれまでの会議はこれから開催される国際経穴部位標準化に関する公式会議への準備であった。そのように、中韓のカップルの日本での結婚生活はこれからが正念場。ソウル生まれで神奈川・京都育ちのユナさんも、生まれて初めての「田舎暮らし」は何かと不便も多いだろう。今こそ日中韓のより大きな結束が必要とされる。私も微力をさしのべたいと思う。陽(ひ)出ずる三国が連絡を取り合うイメージのツボは「三陽絡(さんようらく)」。あらゆる場所の痛みをとる名穴とされる。 

〔三陽絡(さんようらく)〕手の薬指から肩を経て眉の外側に至る三焦経第8穴。
取穴:陽池穴(手首の関節の手の甲側の中央)から肘頭へ4寸。橈尺骨間中央。
治効:手の3本の陽経が交わるツボで腕の麻痺や痛みから頭痛・歯痛(ただし下の歯)・耳が遠い等の症状。ぐったりしている人もむくむく起きあがる。


《作者から一言》
  このツボはまさに部位について見解の相違がある経穴の一つであった。すなわち、手首から肘までを1尺とする日本式か、1尺2寸5分とする中国式かで対立があったと聞く。最終的には中国式、つまり「黄帝内経」という二千年前の古典を基本とすることで決着したようだ。(日本では主に中国の元の時代に著された「十四経発揮」という古典をよりどころとして学校教育がなされている。この比較的新しい書物は、記述がより体系立っているという長所がある。)

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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