漢方つぼ物語(86)
神(しん) 蔵(ぞう)

 経済学者・竹中平蔵は、母校・和歌山市立吹上小学校の教壇に立っていた。時に平成13年3月、各界の著名人が後輩である小学生に授業をするという、NHKテレビの番組「課外授業ようこそ先輩」の出演依頼に応えたものだった。
 博物館から特別に借りてきた世紀の発明品「改良アタッチメントプラグ」をこどもたちに見せながら、竹中は熱っぽく語りかけた。
「今から百年と少し前に和歌山市で生まれた人がこれを発明し、やがて世界一の会社を作りました。その人って、だあれ?」
「松下幸之助さん。」
 生徒が正解したのを受けて、竹中はこどもたちにこの授業のテーマを伝えた。
「平成の松下幸之助になろう! 地域の人たちが必要としているもの、困っていることを調べて、みんなに喜んでもらえるビジネスプランを立ててみよう!」

***

 「竹中学級」の生徒達はグループに分かれて街に飛び出していった。集会所に集まっているお年寄りたちに、丘陵地にある和歌山大学の学生に、小さな子を公園で遊ばせているお母さん達に、また銀行で働くOLに、聞き取りを行い、その成果をふまえてユニークな事業を立案していった。その中でも竹中を感心させたのは、マッサージとスポーツジムと、そしてレストランが一体となった健康センター「極楽殿」構想だった。新しいものを創ろう、イノベーターとなろう、という竹中の働きかけを後輩達はしっかりと受け止めていた。ふだんの大人や学生を対象とする講演や講義とは勝手が違い、とまどいながらの授業であったが、確かな手応えを竹中は感じ取っていた。

***

 番組の収録を終えたあとの限られた時間に、校長先生の発案で「竹中先生を囲む会」が急遽セッティングされた。吹上小学校の保護者・先生方を中心に、市の教育委員会やPTA関係者も加えて、40人ほどが参加した。冒頭のスピーチで竹中は、自分が和歌山という地方都市でずいぶんいい教育を受け、そしてその教育が今も脈々と引き継がれていることをうれしく思う、と述べた。そして、いい社会はみんなが知恵を出し合って作っていくもので、そのためには民主主義とは何か、企業とは何か、家族とは何か、愛とは何か、といった身近なことがらをシンプルなロジックで語り合う必要がある、とも言った。

  ***

 乾杯と歓談の後、この小学校のPTA会長が歩み出てマイクを握り言った。
「これより『竹中先生に何でも尋ねちゃおう!』のコーナーを始めます。恐れ入りますが竹中先生、壇上へお進み下さい。」
 竹中は「被告席に座るわけですね」と軽口を言って会場に笑いを誘った。
「本席にご参加の皆様から、あらかじめ頂いた質問を順次、お聞き致します。」
 参加者から竹中への質問は多岐にわたっていた。家庭ではどんな夫・父であるか、小学生時代はどんな子どもであったか、両親の育て方は、などPTAらしい質問から、経済学者・竹中への専門的質問、すなわち景気の動向や消費税、不良債権に関するものまで、一通りの問いかけに滞りなく答えて一息ついたところで、このコーナーを取り仕切るPTA会長はこう言った。
「竹中先生、もうこれで終わりと思ったでしょう? 実はもう一問、残ってあるんです。最後の質問は竹中先生の初恋の女性からして頂きます。」
 めったに平静を失うことのない竹中が幾分動揺したかに見えたその時、
「はーい、吹上小学校時代の初恋のフーちゃんです!」
 トランクから出てきたのはコミカルな腹話術人形だった。人形は尋ねた。
「ヘーちゃん(註;竹中の幼少時の呼び名)、『愛』って何ですか? シンプルなロジックで答えてね。」
 苦笑しながらも竹中は次のように答えたのだった。
「たいていの人は自分の立場で自分のことだけを考えている。少し進んだひとは自分の立場でではあるが相手のことも考えることができる。もし相手の立場で相手のことを考えることができたとしたら、それを愛と呼んでいいのではないでしょうか? 私はとてもそこまで行っておりませんが…。」
 最後の質問の回答をきいたあと、PTA会長はこのコーナーを締めくくった。
「平成日本は今、不況の底に沈んでいます。私たちのふるさともその例外ではありません。そんな時、笑顔の爽やかな先輩が母校に現れ、教えてくれたのは、この時代を明るくたくましく生き抜くための『経済学』という名の人類の英知でした。私共は今日この日を『経済学事始め』の一日として心に刻むと共に、竹中先生にあられましては、今後、さらに大きな世界でその知識とご経験を活かして頂きますよう切にお願いしてこの質問コーナーをおひらきと致します。」
 思いがけず成立した小泉内閣の閣僚として、5年5ヶ月にわたる竹中の八面六臂の活躍が始まったのはその翌月、平成13年4月のことだった。(敬称略)

〔神蔵(しんぞう)〕。土踏まず〜鎖骨下に至る足の少陰腎経27穴の第25穴。
 取穴:大胸筋上、第2肋間(第2・第3肋骨間)で胸部正中線の左右2寸。
治効:初恋の人に突然めぐり会った時の動揺を鎮めるのに。動悸・神経症に。

《作者から一言》平成18年9月28日、その二日前の小泉内閣総辞職と安倍内閣成立を受けて竹中平蔵さんは参議院議員を辞職した。「小泉首相を支えるという政治の世界における私の役割は終わる」とのこと。任期途中での辞職については批判もあるようだが、ことあるたびに「小泉さんが総理でなくなったら大学に帰る」と言っていた竹中さんなので、ことば通りにしたのだなと思う。中学・高校の2年先輩である竹中さんが政治の世界を去ったと同じ月に、大学で席を並べた私の同期生が和歌山に赴任してきた。和歌山地方検察庁のトップ(検事正)として。正義感の塊のような彼のことだ、在任中、精力的に仕事をこなし、必ずや和歌山をクリーンにしてくれるだろう。(宮本)



上は神蔵(しんぞう)の図



写真は竹中さん・校長先生・私そしてフーちゃん

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com