漢方つぼ物語  (89)
兌(だ) 端(たん)

   終戦の翌年である昭和21年の7月、福岡市。小学校2年生の兄が2歳年下の弟と一緒に昨日、河原で拾った「宝物」を覗き込んでいる。単四乾電池ほどの大きさのいくつもの金属の筒。外側はきれいに磨いたが筒の内側にまだ「砂」がこびりついている。釘を突っ込み掻き回して掃除をしようと思いついた。夏休みは始まったばかり。さんさんとふり注ぐ朝の陽ざしを浴びたのどかな光景。次の瞬間、金属の筒は暴発、連鎖的爆発によって、少年は両眼の視力と両手と最愛の弟を失った。それは不適切に投棄された旧日本軍の不発弾だったのだ。

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 少年の通学していた小学校のすぐ隣には盲学校があった。にもかかわらず、視力を失った少年はついにこの盲学校に入学を許されることはなかった。
「視覚障害だけなら当然受け入れる。両手がないのでは点字もあん摩も教えることができない。盲学校はこの子の進路に責任を持てない。」
 それが入学を認めない理由であった。少年はこのあと13年間もの不就学を余儀なくされた。20歳でようやく大阪市立盲学校に入学できたのは手がないにもかかわらず死にものぐるいの努力で点字が読めるようになったからである。

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 点字マスターのきっかけは二つあった。一つは福岡の盲学校に通う友達から点字を教わっていたことだ。しかし点字は普通の文字と違って「知っている」ことは「読める」ことと同じではない。縦3行横2列、合計6個の点が突出しているかどうかを読み取る点字は、習うに易く読むのに困難な文字なのである。
 少年は5年間の入院生活の間に都合12回、眼の手術を受けたが視力は戻らなかった。この入院中にナースが本を朗読してくれた。ハンセン病の病棟を描いた小説の中に、全盲で手を使えない患者が口や舌で点字を読む記述があった。
(自分にもできるかも知れない…)そう思った。さっそく唇で点字に触れてみた。かろうじてツルツルとザラザラの区別はできたものの文字としての区別などできそうになかった。が、継続はやはり力となった。上唇の真ん中あたりに精神を集中し下唇で行を確かめ、ついに自由自在に点字が読めるようになった。
 視覚としての光はよみがえることはなかったが、文字を読む能力を獲得することによって人生に光がもたらされた。その頃、少年はもう青年になっていた。

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 点字が読めるようになった青年は、度重なる困難を乗り越え、盲学校中学部・高等部を経て大学に進学、母校の大阪市立盲学校の社会科教諭となった。都合30年間にわたり、多くの教え子を育てると共に、視覚障害者の生活と権利が守られる社会の実現を願って、今も求めに応じて講演活動を続けている。
 その人の名を、藤野高明という。世間はしばしば彼を「障害を克服して強く生きてきた人」と評価する。しかし彼は自分の歩んできた道をふりかえり思う。
 (確かに強くは生きてきたかも知れない。でも、それは周囲の愛情と応援があってのこと。暗たんたる思いにうち沈んでいた時、母がかけてくれたことば「あんたが元気で家にいてくれるだけで、お母さんもうれしいし、安心なんやから。」また、色んな形で支えてくれた家族や仲間達、導いてくれた先生方…。)

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 21世紀初頭に点字作文コンクールに応募した「平和への願い」は最優秀賞に輝いた。その作文の後半部分で示された「平和の四つの条件」の中に、彼は永年の思いを凝縮した。平和を守ることは生易しいことではないが、それでもなおかつ平和は有難く素晴らしいことなのだ、と次の世代に伝えたかったのだ。
「…私は平和には四つの条件があると考えている。
 第一に、戦争が起きていない状態だ。私が物心ついたころ、戦争は日常であり、アメリカや中国は敵であった。大人たちは敵意と侮蔑を子供たちに教えた。
 第二に、差別や偏見がなくなることだ。かつて障害者は社会の「恥」か「お荷物」のようにみられ、肩身のせまい思いをしながら生活せざるを得なかった。
 第三は、貧困と飢餓が世界的規模で基本的に克服されることだ。ひもじさが胃袋を噛んだ子供のころの記憶が、飢餓状態を伝えるニュースによみがえってくることがある。
 第四は、人間が作り出した優れた文化遺産を共有し、新たな文化創造に参加できることだ。私はときどき、妻や友達とコンサートに出掛ける。ベートーベンやマーラーの大曲の中に深く身を沈め聞き入る時、芸術の偉大さと平和のありがたさをしみじみと感じる。そして、その曲が終えんを迎え、一瞬の静寂を突き崩すように万雷の拍手がホールに満ちる。私はその瞬時、嵐のような拍手に加わることのできない左右の手を意識してしまう。ほとんど口にすることのなかった悲しみが心に沸き上がってくる。 それでも私は、心を潤すあの音楽の充足感を求めて演奏会に出掛けていく。〔第1回オンキヨー点字作文コンクール最優秀大朏(おおつき)賞受賞作品 藤野高明「平和への願い」より引用〕」

〔兌端(だたん)〕尾骨から背の中心を上り頭頂から上歯茎に下る督脈第26穴。
 取穴:上唇の中央。皮膚と唇の粘膜の境目。藤野氏はこの辺りで点字を読む。
治効:歯痛・鼻づまりのほか、嘔吐や鼻血を止め、精神疾患にも応用される。

《作者から一言》 藤野高明先生のことを初めて知ったのは昨年の全国盲学校弁論大会で準優勝した弁論からです。中途失明のため点字習得に苦労し弱音を吐いたとき、唇で点字を読む人の存在を知り、強く励まされてついに点字をマスター、後にその人、藤野先生に出会い「障害を壁と思うか扉と思うか、それは本人次第」という言葉にさらに力づけられる、という内容でした。その藤野先生がなんと私の勤める和歌山盲学校に来られ、人権講演をして下さったのです。非常勤講師の私は、残念ながら当日は直接お話をお聴きできなかったのですが、ご厚意で録音テープを頂きました。患者さんと一緒に繰り返し拝聴し、インターネットから収集した資料も加え、この作品を書き上げました。(宮本)



上は兌端の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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