漢方つぼ物語  (90)
湧(ゆう) 泉(せん)

 和歌山市立本町小学校の歴史は明治6年1月4日、前身である始成小学校の開校に始まる。現在地に校舎を移したのが昭和22年の2月3日だったので、この日を開校記念日としている。昭和30年代に一千百人を超えた児童数も、都市のドーナツ化現象で年々減少して、現在は百四十余名とうかがった。
 平成19年1月30日午後2時40分。私はこの伝統ある本町小学校にお招き頂き、教育講演をさせていただく光栄に浴した。

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 「まず私の方からお尋ねします。親は子に、何をプレゼントできるでしょう?」
最前列のお母さんは少し考えてから、こう答えてくれた。
「自立、でしょうか。」
私は、わが意を得たり、とばかりに肯いてこう補足した。
「『医者と親は、その使命を全うしたとき自らの存在意義を終える』という言葉があります。医者は病気を無くすことが使命。そしてその使命がもし実現したなら、もはや医者は必要ないわけです。同様に親の使命は子の自立を図ること。子がしっかりと親離れして自立した暁には、親はもう要らない。子育ての最終目標が、子どもの自立にあることは、異議のないところだと思います。では、もう一つ、質問させてください。親として子どもにどうあってほしいと思われますか? もしくは、どういうふうに成長していってほしいと望まれますか?」
 さきほどのお母さんのお隣りのお母さんの答はこうだった。
「自分が選んだ道をのびのびと歩んでいってもらえたら、と…。」
「これも同感です。いくら社会的に評価される仕事に就いてくれても、本人が喜んでその仕事に打ち込んでいないとすれば、親として悲しいですよね。」

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 「のびのびと自立の道を歩むために、自分の心をコントロールできることは大切な条件であると思うのです。心のコントロールを失った大人や子どもが、悲惨な事件を次々と引き起こしている現状があります。心といいますと、こんなエピソードがあります。ラジオの『全国こども電話相談室』に『心はどこにあるのですか?』という質問がありました。この種の難問は無着成恭先生の担当です。『君はどう思うかな?』と逆に尋ねると子どもは『頭ですか?』と答える。医学的にはこれが正解だろうと思うのですが、先生は『頭は計算機!』という。『じゃあ心臓?』には『それはポンプ!』 そのあげくに先生は『私は土踏まずに心があると思っているんだ。ここには漢方のツボがあって、しっかり体を支えている。見えないところで体を支えているのが心だと思うよ。』と言ったのです。さて、皆さんはどう思われますか? 着地の時には軟らかく体を受けとめるクッションとなり、足場の悪いところでは地面に密着して体を支える。土踏まずは確かに、心のあるべき姿に通じるものがあるようにも思えます。」

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 「周りの人とのコミュニケーションも大切ですよね。幼い頃、私はもらい湯の想い出があります。お風呂をお借りするのです。湯船にはいると外から声がかかります。『ぬるいやろ。まき、くべるで。』 やがてお湯が熱くなってきます。『こんなもんかな。遠慮せんと、水うめてよ。』 ぬるい目の湯に浸かっていると次第に温かくなる幸せ。さらに湯をたっぷり使えるようにわざと熱い目に沸かしてくれる。なんと人情の厚い時代であったことでしょう! 今はダイアル操作ひとつで自分の好きなように湯加減ができます。でも文明の発達の陰で、心の通い合う機会を失っていることに気づくべきではないでしょうか?」

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 「最近はやりの言葉に『コラボレーション』というのがあります。『ラボ』はレイバー、働くこと。『コ』は一緒に、という接頭語ですから全体では共同作業という意味になります。この世の中は一人ひとりの働きが合わさって、すばらしい社会を築き上げていく営みだと思います。私の家族は元旦の朝、お城の周囲を一周する『新春連れもて歩こう走ろう会』に参加します。そのお城の石垣と、それからエジプトのピラミッドと、どちらも石を積み上げた建造物ですが大きな違いがあります。ピラミッドを構成しているのは同じ大きさ・形の石だと思うのですが、石垣に組み込まれている石はどれ一つとして同じ形のものはありません。つまりそれぞれの石はそれぞれの場所で、他の石では代え難い働きをしています。私たちも、互いが無くてはならない存在として尊敬し合える、そんな社会の一員として、私たちの子どもを育てていこうではありませんか!」

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 コントロール・コミュニケーション・コラボレーション、と3つの「コ」のお話をし終えお茶を頂戴した。校長室にはこの学校の出身である川端龍子画伯が母校に寄贈された大作「和歌山城」が飾られていた。そこに描かれた城と、それを支える石垣を眺めながら、しばし私は心地よい感慨にひたったのだった。

〔湧泉(ゆうせん)〕先天の元気を生み出す腎の経絡の出発点のツボ。
 取穴:土踏まずのやや前。足裏を1尺2寸として真ん中の指の後ろ約4寸に。
治効:腎機能を高め、のぼせを取る。「おせば命の泉湧く」の元になったつぼ。

《作者から一言》 1時間あまりの講演の中で第88話の「胎内記憶」の話題もお話し致しました。子どもの人格を認める、というお話を心に留めて頂けたようで、お子様の出産のおりに、校長先生は「授かりもの」と戒められたことを、PTA会長さんは「成人するまでお預かりするのや」と諭されたことを、それぞれおっしゃっていました。なお湧泉のツボは漢方つぼ物語第2話で紹介済みなのですが、生命力の源泉として重要なので再度、取り上げました。(宮本)


上は湧泉の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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