漢方つぼ物語  (92)
二《じ》 間《かん》

3月。卒業の季節。3年間通った中学校とはお別れだ。春からはボクが入りたくて入りたくてたまらなかった私立高校に進学する。ほんと、夢みたいだ。そう、夢がかなったんだ!

***

 去年の4月。クラス替えと先生方との顔合わせ。担任は数学のM先生。いかつい、こわもての先生、という印象。なんとなく(いやだな)と思った。そして授業が始まった。案外、面白い。それに苦手の数学をずいぶんわかりやすく教えてくれる。二つのことを同時に考えた。(もしかしたら数学と仲良くなれるんじゃないか!?)、そして(この先生なら、ボクの相談に乗ってくれるかも…)。

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 「せ、先生、ちょっと相談したいことがあるんですけど…。」
放課後、思い切って切り出したボクをしばらくじっと見つめていた先生は、同じクラスの卓球部の生徒にこう告げた。
「おい、今日の部活は自分たちでやっといてくれ。」
M先生は卓球部の顧問を引き受けている。名前だけの顧問じゃなくて、かなり気合いの入った指導をしているらしい。先生の指導は、技術的には「バックレシーブでなくフォアで打て!」、つまりバックで打つ方が楽なタマでも、すばやく足を使ってフォアでたたけ、ということらしい。もう一つは、「勉強しない者にクラブをする資格はない!」、文武両道が先生の方針なんだ。そんな部活の指導を犠牲にして相談に乗ってくれる。ボクは身が引き締まる思いがした。
「先生、K高校に進学したいんです。」
「ふうん、がんばれば行けるんじゃないか。」
「それが…K高校は私学ですから、お金がかかるんです。」
「そりゃ公立よりは学費がかかるだろうな。」
「だから、おやじが『私立なんてがらじゃない、公立だ。』って言うんです。」
先生はまたボクの顔をじっと見つめた。そしてボクの目を見たまま言った。
「おまえ、ホントにK高校に行きたいか?」
こっくりとうなずくボクに先生は言った。
「今晩、おまえの家に行っておやじさんに頼んでやろう!」

***

案内のために迎えに出たボクに先生はもう一度、念を押した。
「いいか、先生はおまえのためにしっかりと頼んでやるから、しっかり勉強すると約束しろよ。」
両親は担任の先生がいきなり訪ねてきたので、何事かと驚いた。
「息子さんは私にK高校に進学できるなら必死で勉強すると約束しました。経済的なご負担はあるかと思いますが、どうか息子さんの希望をかなえてやって頂けませんか?」
先生がそういって深々と頭を下げたものだから、両親はすっかり恐縮してしまった。おやじはあわてて先生に言った。
「もったいない、先生、頭を上げてください。わかりました、先生がそこまで言ってくれるなら、わたしもハラをくくりました。家屋敷を抵当に入れてでも、息子をK高校に行かせます!」

***

 その日以来、ボクはこれまでにないくらい懸命に勉強した。だって、これでK高校の入試に失敗したら先生に顔向けできない。弱点だった数学を克服したお陰で、模擬テストの成績では次第に合格圏内にはいれるようになった。
あと心配は本番での「あがり症」。入試が近づき緊張が増す時期に、M先生はこんな話をしてくれた。
「いいか? 緊張をほぐすのに深呼吸をするのはいいけど、大切なのは吐く息だぞ。ゆっくりと息を吐くときに、リラックスの神経が働くんだ。それから、昔の忍者は忍術を使うとき、人差し指を強く握った。人差し指の付け根あたりにツボがあって、集中力を高めるらしい。」
吐く息と人差し指のツボは効いた。ボクは念願のK高校に合格した。

***

中学校の卒業式の直前に一冊のノートが回ってきた。誰からともなく発案された「M先生へのメッセージ・ノート」だった。3年6組の一人ひとりが先生への感謝のことばをしたためていた。はじめは恐そうだったが、実際はとても面白くて、相談に乗ってもらいたくなった、というのが共通の内容だった。
卒業式当日、式次第がすべて終わり6クラスの最後に回れ右してボクらが退場する。そのとき「かねての手はず通り」全員がM先生に向かっておじぎした。
「M先生、ありがとうございました!」

〔二間(じかん)〕人差し指の爪の付け根から鼻の周辺に到る大腸経の第2穴。
取穴:手の人差し指の付け根の関節の、親指に近い側のすぐ下(=指先寄り)。
治効:中国宋代の古典「黄帝明堂灸経」に、「多臥喜睡(横になり惰眠をむさぼる)」に効くツボ、とある。シャキっと物事に集中できるツボである。

《作者から一言》 こんな“絵に描いたような熱血先生”が現実にいるのか?はい、いるのです。2000年3月、長女の卒業式のこと、退場の時3年6組担任の迎井雅文先生にクラスの全員が深く一礼をした。私は次女が通う小学校のPTA会長として来賓席にいた。私の隣にいた別の小学校の校長先生が「こんな感動的な場面は初めてだ」とおっしゃったので私は誇らしげに言った。「娘のクラスです!」。今回のストーリーもツボの挿話を除いて実話に基づいている。  
(宮本)


上は二間の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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