漢方つぼ物語  (97)
大《だい》 椎《つい》
《バリ島ロケ記念三部作その2
「トランベンの朝・ウブドの夜」 》

 自主制作映画「君に捧げるサンバ」のバリ島にロケに参加した日本人メンバーは8人。廣瀬茂之監督、森裕治カメラマンと出演者6名である。といっても廣瀬監督はゲリラのボス役の俳優を兼ねていたし、出演者のうちで、福田充男さん・川口拓朗さんという若い男性二人は、撮影助手の仕事もこなした。
私の役どころであるドクトル中村の関わる最初のシーンは、ウブドの市場でヒロインの智子(オーディションで選ばれた山口法子さんが演じる)と遭遇する場面だ。平成19年5月31日の朝、撮影された。市場は一番忙しい時間帯だった。活気ある市場の映像をとり込みたいという監督の意図は理解できるが、向こう様にとってはずいぶん迷惑な話だったろう。それでもさすがは芸術の村・ウブド、「映画なら仕方がない」とばかりに、たいへん協力的だった。トラックを市場に乗り入れるのをあきらめて、満載した荷物を黙々と運んでいた。この「自分勝手な異国の芸術家たち」に、ひとことの文句も言わずに…。
私にとってのバリ島ロケ最大の山場は、中村誠が反政府ゲリラのボスに刺されて絶命するシーンである。そのシーンは、ウブド村での私たちの宿舎であった民宿「ワヒュー・バンガロー」の増築中の工事現場で、6月1日に撮られた。激高した中村がボスにつかみかかりその上におおいかぶさる。ボスは手にしていた裁ちばさみを中村の背に突き立てる。硬い石畳の上での演技なので、急に仰向けに倒れる廣瀬さんが怪我をしないよう床にマットを敷くべきだが、それがカメラに入らぬようにしたい。とりあえず中村が立ち上がりボスの首を絞めようとするところまで撮ろう、ということになった。しかしそこまでのセリフのやりとりで中村になりきった私は本当に激高してしまった。マットも敷いていない石の床に監督を押し倒してしまったのだ。森カメラマンは言った。
「これ、そのまま使える。これで行こう!」
その後がまた一苦労だった。はさみが突き刺さった私の背中から血があふれ出ている状態を特殊技術で作り上げる必要があった。私は長時間、廣瀬監督におおいかぶさったままでいなければならなかった。
「人生でこんなに長い時間、人の上に乗っかかっていたことはない!」
そう私が言うと、廣瀬監督も負けずに言い返した。
「私だって、こんなに長く人をからだの上に乗せたのは、初経験だ!」

***

緊迫のシーンを撮り終えた後、私たちはバリ島の東海岸、ダイビングの基地として知られるトランベンに移動した。明日はいよいよ主人公の二人が海に潜って沈没船を探索するシーンの撮影だ。その夜、私は短歌を二首詠んだ。
映画(シネマ)とふ 見果てぬ夢の 子守歌 南の島に 波音高し
夜を込めて 海と大地が交合(まぐは)へる 波音高きバリ・トランベン

***

 早朝、海辺に出ると、主役の古家 学さんとボスの妹役の坂巻亜桂(あやか)さんがいた。二人はプロのミュージシャン。今晩、予定されているバリ島訪問を記念するウブドでのライブ・ショーのリハーサルをしているらしい。
「おいやんも仲間に入れてよ! 一曲歌いたい唄がある。」
おどけて持ちかける私に坂巻さんは聞いた。
「どんな曲を唄いたいの? 一度うたってみる?」
私は「千の風になって」を歌おうとした。しかしうまく音程が合わない。高く出ると低い領域が歌えず、低く歌い始めるとサビの高音部が出ない。あきらめかけたとき、坂巻さんは出だしの音を指定してくれた。すると不思議、高音も低音も楽に歌えるのだ。うれしくなった私はトランベンの海に向かって幾度も歌った。古家さんがギターで伴奏してくれた。贅沢な朝のセッションだった。
「オーディション、合格。今晩、ライブのトリで歌わせてあげる!」

***

 そしてその夜、ウブドのバーで。古家さん・坂巻さんが華やかに歌ったあと、
「では最後に、もう一人紹介します。お父さーん!」
坂巻さんに促されて私は舞台に登る。映画の中の配役・ドクトル中村の衣装で。
「(英語で)私たち8人は日本から来ました、映画を撮るために。昨日、私は死にました。ゲリラに刺し殺されたのです。でも今日こんなに元気に生き返りました。私たちはいつの日か死にます。でも死んでもまたよみがえるのです。畑を照らす光になって、ダイヤのように輝く雪になって、朝さえずる鳥になって、そして夜、見守る星になって。そう、私たちは千の風になって、あの大きな空を吹き渡るのです!(Oh, yes. We are a thousand winds in the big sky! )」
そして日本語で「千の風になって」を歌い終わると聴衆が一斉に拍手をくれた。オーストラリア人とおぼしき陽気な中年男性から質問があり、私は答えた。
「君たちの映画のテーマは何なんだい?(What’s the theme of your movie?)」
「二つの世代のラブ・ストーリーです!(Love stories of two generations ! )」

〔大椎(だいつい)〕頚・背中の中心を上る督脈27穴の13番目のツボ。
取穴:頚の後ろ下部、頚の運動に伴い動く最も下の骨(第7頸椎)の直下。
治効:ノドの炎症を取り除き声帯を整えてよい声を出す歌手に必須のツボ。

《作者から一言》自主制作映画「君に捧げるサンバ」がついに完成。上映時間は堂々の2時間。今回のつぼ物語はその撮影にまつわる裏話です。映画の中で、19歳の私が恋人と別れを惜しむ回想シーンがあります。脚本を見たとき(わあ、どうやって若作りしようかなあ)とワクワクしたものですが、監督に「それは無理。代役を立てます」と言われて、納得しながらも多少ガッカリしました。
なお写真は福田充男さんが撮影したウブドの市場でのスナップで左から、廣瀬茂之監督、森裕治カメラマン、そして主役の古家 学さんです。(宮本)

  
上は監督・カメラマン・主役の写真と大椎の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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