漢方つぼ物語  (98)
太《たい》 白《はく》
《 バリ島ロケ記念三部作 その3
「バリ島拉致事件」 》

 バリ島に来て4度目の朝を迎えた。平成19年6月3日、日曜日の朝である。ロケ隊の8人のうち私以外の7人は5月27日の日曜日にバリ島入りしていた。私は、非常勤講師を務める和歌山盲学校の中間テストをすませて、3日遅れで到着したのだった。撮影は順調に進行した。取り残したわずかのシーンを今日の午前中に仕上げて、夜行便で帰国の途につく。だからバリ島での最後の朝ということになる。
 トランベンで一泊した以外、ずっと滞在した民宿「ワヒュー・バンガロー」の二階の部屋で目覚めた。宿の主人が神々に朝のお供えをしている。バリ島は神と共にある島なのだ。私はこの信仰深い島との別れを惜しんで朝の散歩をすることにした。朝食まで時間はたっぷりある。

***

 サッカーグラウンドの脇を抜けて、少し広い通りに出る。土産物を売る店やレストランが並ぶ道を歩き始めた…。
赤いオートバイに乗った中年の男性が私に近づいてきたのはその時だった。やや肥満体の褐色の肌。ご当地・バリ島の住人であることは一見して明らかだった。しかるにそのバリ人は思いがけず流暢な日本語で、私にこう話しかけてきたのだ。
「私の家に来て、私のかいた絵を見て頂けませんか?」
その唐突さと人なつっこさは私にとっさの判断力を失わせた。気がつくと私は差し出されたヘルメットかぶってオートバイの後部座席に座ってしまっていた!

***

 私たちの主たる滞在地であり撮影場所であったウブドという村はバリ島きっての芸術の村で、当地の画家達の描いた絵を展示即売するギャラリーがあったり、路上で自分の作品を売りにくる絵描きさんもいたりした。それにしてもこのような誘いに安易に乗ってしまったのは、今ふり返ってもずいぶん軽はずみであったと自分でも思う。帰国後、この話を聞いた妻は、「一つ間違えたら映画の中の役そのままになっていたかも知れないのに!」とあきれ顔で言ったものだ。そう、映画の中で私は反政府ゲリラに刺し殺されて死んでしまうのだ!

***

私を乗せたオートバイは相当なスピードで通りを抜け、路地裏に入っていった。(今、飛び降りて逃げようにも戻る道が分からないな)と私は心の中で思った。その時、私を乗せた赤いオートバイは邸宅の門をくぐっていた。
細い路地の奥まったところに、意外なくらい大きな屋敷があった。門をくぐると石の神殿。お供え物がしてあった。その横には「東屋(あずまや)」。籐(とう)を敷き詰めた座敷の四方に柱を立て屋根をつけている。オートバイの主はそこに私を座らせ、コーヒーを私に勧めた。バリ島独特のコーヒーだ。すぐ飲むと苦いが暫くすると苦みが底に沈殿してちょうど良くなる。私は最大の疑問を投げかけた。
「あなたはなぜそんなに日本語が上手にしゃべれるのですか?」
この人の良さそうな「拉致者」は質問に答えるべく自己紹介を始めた。
「私の名前は、アグン・グスナといいます。ここバリ島で絵を描いています。何度もバリを訪れる絵の好きな日本人グループと知り合い、求めに応じて絵を教え、お礼にと日本語を教わりました。その人たちは埼玉県の所沢市に自分たちのギャラリーをもっていて、そこで私の描いた絵を売ってくれています。」

***

 そう聞いて私は、この画家の絵を見たくてたまらなくなった。やや小振りな4枚の絵が示され、そのうちの1枚が私の目を引いた。色づかいの鮮やかなつがいの小鳥。雌が雄を愛情深く見つめ、雄は中空の一点を見据えている。その視線が素晴らしいというと「目に最も力を注いだ。解ってくれて嬉しい!」と手放しで喜んだ。私はこの絵を格安で譲って貰い、画家の家を辞去した。画家は再び私をオートバイで宿舎近くまで送ってくれた。別れ際に彼はこう言った。
「こんどバリ島へ来るときは前もって知らせて下さい。このオートバイで島中を案内しますよ!」

***

 つがいの小鳥の絵は、妻の両親にプレゼントした。その作者であるアグン・グスナさんとはローマ字でメールを楽しんでいる。会話と同様、日本語の文章も丁寧かつなめらかである。「ぶしつけな誘いを良く受け入れて、私の家に来てくれました。あなたは一生の友人です。」と書いてあった。
 先日、家の近くで赤いオートバイに乗った中年の男性を見かけた。
「私の家に来て、私のかいた絵を見て頂けませんか?」
今にも、そう話しかけられそうな気がした。あのバリの朝のように。

〔太白(たいはく)〕足の親指に始まり腹・胸・脇に到る足の太陰脾経の代表穴。
取穴:足の親指付け根の関節(第1中足指節関節)の内側でその関節の後ろ。
治効:足の神経痛を和らげ全身の倦怠を除く。快適な朝の散歩に必須のツボ。

《作者から一言》 平成19年9月28日の晩、和歌山県民文化会館小ホールで私達の映画の試写会が予想以上の多数の観客を得て賑やかに催されました。主役を演じたシンガー・ソングライターの古家学さんのミニ・ライブに続いて、およそ1時間50分の大作が上映されました。私はこの試写会で、私の許婚(いいなづけ)・小野菊江役を無言で演じた古家さんのお母様と初めて対面したのです。
写真はその時のスナップで、撮影者はご子息の古家学さんです。(宮本)




上はアグン・グスナさんとつがいの小鳥の絵
菊江さんと私の写真・ 太白の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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